Report2017-11-21

【10月17日 おしゃべり会レポート・第1回】暮らしにまつわるデザインの話

カタヤブルおしゃべり会
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未来のおしゃべり会 ~暮らしにまつわるデザインの話~

●日時:2017年10月17日(火)18:00~20:00

●ゲスト:佐藤卓さん(佐藤卓デザイン事務所 グラフィックデザイナー)

グラフィックデザイナーの佐藤卓さんは、「明治おいしい牛乳」や「ロッテ・クールミントガム」をはじめ、NHK Eテレ「デザインあ」など、手がけている仕事が長きにわたって愛されているものばかり――それだけの力量を備えたデザインワークの秘密を知りたくて、何度もインタビューをお願いしてきました。

平明な視線と卓越したアイデアを持ちながら、頓智の効いたユーモアの持ち主なので、お会いすると、笑いが炸裂する楽しいインタビューになるのですが、文章に起こしていくと、深い意味が込められていることがよくわかります。

そんな卓さんが、『塑する思考』という書籍を出したのです。少し前に「デザインについて、特別な人だけでなく、多くの人に読んで欲しいと思って書いたんです」と話されていたものがついに出たと読み始めたら、すっかり惹き込まれてしまいました。
この手の書籍にありがちな、むつかしい理屈や、少しだけ上から目線的なお話がひとつもないのです。これは一人でも多くの人たちに、読んでもらいたいと、一ファンとして勝手に思ってしまいました。

そして未来研のおしゃべり会に登場いただいたのです! 一人一人の質問にも、実に丁寧な対応をされている――卓さんのお人柄が滲み出ていて、またまたファンが増えちゃいそう。素敵な会合になりました。

ifs未来研究所 所長 川島蓉子

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川島蓉子(以下、川島): ifs未来研究所 所長の川島蓉子と申します。本日のゲストは、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんです。楽しいおしゃべりをしたいと思いますので、よろしくお願いします。

佐藤卓(以下、佐藤): デザインの仕事をしています、佐藤卓です。まず、デザイナーを志したきっかけは、やっぱり父がデザイナーをしていたこと。美術大学を目指そうと思ったのは高校生のときですが、「うちは、デザインでご飯を食べているんだ」ということは、小さな頃から感じていました。

そして、美術大学に進学し、大学院を修了した後、25歳で広告代理店の電通に入社しました。約3年間、広告制作の仕事をした後に退社をし、フリーランスとして活動するようになりました。そのときは、先のことは何も考えていなかったですね。

独立当初はお金も何もないので、電通時代にお世話になったプロダクションに席をお借りして、仕事をしていました。そこでお金を貯めて、31歳のときに自分の部屋を持ちました。

川島: ここでちょっと宣伝ですが、『塑する思考』(新潮社)という本に、卓さんのこれまでの経緯が書いてあります。卓さんが、なぜデザイナーになったのかというくだりは、特に面白かったですね。実は、パーカッショニストになりたかったという。

佐藤: 大学生のとき、ロックバンドをやっていたので。

川島: ロングヘアで。

佐藤: そうですね。今と比べるとだいぶ長いです(笑)。

川島: でも、なんでパーカッションを選ばず、デザイナーになったんですか?

佐藤: 音楽の基礎を勉強していなかったからですね。大学から、バンドを組んでパーカッションを始めて、習いにも行ったけれど、やはり基礎をやっていないので、高い壁があって。

コンガという、膝に挟んで叩く太鼓をやっていたのですが、ラテンパーカッションは、アフリカから奴隷と共に渡り、中南米に拡がっていったという歴史がある。お金のない現地の子どもたちは、小さい頃から、木箱を叩いて踊るわけです。

パーカッションを買いに、ドミニカ共和国に二度行ったのですが、音楽が生活に根付いていることを実感しました。歩道を歩いている人も、リズムを取りながら歩いていたりと、常に踊っている様子を目の当たりにして。「いくらやっても、この人たちには及ばない。無理だ。」と。

川島: 「デザインなら行ける」、と思ったんですか?

佐藤: いやいや、そういうわけではないですが(笑)。「パーカッションは、趣味でやっている方が幸せかも」、と思っちゃったんです。ちょっと逃げの気持ちもありました。
パーカッションの道に進むとなったら、デザインや美術を捨てないと絶対にできない。じゃあ、捨てられるか? と突きつけられたような。

川島: デザインは、捨てられなかったんですね。

佐藤: それは、やっぱり捨てられなかった。大学院まで進学して、音楽の道を模索していたけれど、ちょうどその頃、石油ショックもあって、実は家庭が金銭的に困っていると知って、ちゃんと働かないといけない、親には一切頼れないという意識に変わりました。そこで、「やっぱり、好きな美術の世界に行くしかないな」と思って、広告代理店を受けてみたんです。

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卓さんの考える、「デザイン」とは
川島: 卓さんは、「デザインは決して難しいことではなく、自分に関係の深い、日常のものだ」ということをわかりやすくお話してくださいます。私が忘れられないのは、「デザインを定義してください」といろいろな方にお願いしている中で、「水のようなもの」と仰ったこと。

佐藤: 2007年、六本木の「21_21 DESIGN SIGHT」の第2回企画展として、文化人類学者の竹村真一さんと一緒に、「水」をテーマにした「water」という展覧会を開催しました。
そのとき、水がいかに私たちのすべてを支え、繋いでいるかを実感したんです。この空気中にも水の分子が飛んでいて、それが湿度となって潤してくれているように、どこにでも水がある。

水を示すH₂0は、酸素(O)が中心になって、水素(H)がクマちゃんの耳のように付いているんですが、酸素と水素を繋ぐ角度は、104.5度が一番安定するのだそうです。104.5度という独特な角度が、水の様々な性質を作っているということを教えてもらいました。こういう話を聞くと、脳に蓋をしちゃう人もいると思いますが、僕もそうだったのでご心配なく。

「氷が水に浮く」ということも当たり前で、子どもの頃から何の疑問も持たなかったけれど、多くの物体は個体になると比重が重くなるから沈むわけです。地球上には、個体になって浮く物質は数種類しかなく、その中の1つが水。

川島: 水とはユニークな存在!

佐藤: そうそうそう。海水の上が凍って、下が温かかったから、海の中で生命が育まれたとも言われている。つまり、水の性質が生命を生んだのかもしれないし、生命の源は水かもしれない。そして、ありとあらゆるところで、私たちの生活のすべてを繋いでくれている。

水の展覧会に向けて、専門家の方々にお話を伺う中で、「これって、デザインという概念に近いんじゃないか?」と思ったんです。デザインも、気がつかないところで、いろいろ支えてくれていますよね。エアコンディションなんて目に見えないけれど、エアコンによる風の流れや湿度によって、快適な状態を維持してくれています。

川島: それもデザイン。

佐藤: そう。こうやって目に見える形で支えてくれているのもデザインだし、場合によっては、デザインが世の中に悪い影響を及ぼす場合もあります。例えば、人を洗脳するツールとして、デザインを巧みに使うような。

川島: つまり、卓さんの言うデザインというのは、決して色や形だけではないということですね。

佐藤: もちろん、そう。

川島: でも、世の中の大半の人が、デザインというのは色や形だと思っています。

佐藤: ですから、この本を書いたんです(笑)。

川島: 実は、デザインの概念はもっと幅広い、ということですよね。

佐藤: 全くその通り。川島さんも、ある意味そういう活動をしていると思うけれど、「仕組み」や「方法」もデザイン。デザインという言葉には、「設計する」という意味もあり、「計画する」ことなんです。計画して、モノに落とし込んだり、コトに落とし込んだり、そのすべてがデザイン。

日本にデザインという概念が入ってきたのは、戦後です。松下幸之助が「これからはデザインだ」と言ったそうですが、モダンデザインと共にその言葉が入ってきました。だから、モダンデザイン=デザインというイメージが強いんだと思います。

川島: あるかもしれない。ちょっとカッコいいとか。

佐藤: シンプルだと、おしゃれに見えたわけですよ。

川島: そういう風に思っている人もいる。

佐藤: というか、それがほとんどでしょう。だから、「デザイン家電」とか「デザイナーズマンション」という言葉を見ると、「おいおい、それ以外のモノはデザインされていないのか?」って思うわけです。だからみなさん、デザインナントカ、という言い方を信用しないでください。

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「便利」というウイルス
川島: (笑)。すべてにデザインはあるんですよね。ダサいものでも。

佐藤: でも、今はダサく見えるモノも、もしかしたら30年後や50年後に見たら、そこにこれからのデザインがあるかもしれない。

川島: じゃあ、いいデザイン、悪いデザインって簡単には言えない、ということですね。

佐藤: そうですね。だから、「何がいいのか」ということを考えてみることは、逆にとても大切なんじゃないかな。例えば、飲みやすいコップがあったとして、「飲みやすくて、いいデザインだな」と思ったとする。
でも、そのコップにはどういう素材や資源が使われていて、その資源にどのくらいのエネルギーが使われているか、みたいなことに思いを馳せてみると、実は電気がものすごく使われていたりして。

川島: 考えるかなあ、そこまで。

佐藤: でも、実際に繋がっているわけ。だから、一見いいと思っているモノが、本当にいいのか、ということです。もしくは、「便利」という言葉で表現されるかもしれません。一度、便利を経験しちゃったら、その前に戻りたくなくなっちゃう。

川島: 便利というウイルスですね。それは、どうなんだろう?

佐藤: 結局、「便利」というのは、できるだけ身体を使わなくすることじゃないですか。例えば、スイッチ1つで部屋が明るくなるとか、一歩踏み込めば行きたい場所に連れて行ってくれるエレベーターとか、いかに身体を使わずに済むようにするか、ということが多い。100%そうということではないけれど、考えてみると、実はほとんどがそうです。

川島: なるほど。洗濯機ができたことで、洗濯にも身体を使わずに済むようになりましたね。

佐藤: だって、私の幼少期、昭和30年代は、洗濯板で親がゴシゴシと洗っていたし、お風呂は薪で焚いていたから。私も、新聞紙に火を点けて薪の下に入れて…って、身体を使っていました。

今は、それらがボタン1つで済むようになって、その分、他のことに時間を使うことができるという意味では、私たちの生活をとても豊かにしてくれているんだけれど、一方で、それだけ多くのエネルギーも使っているということなんですよね。

川島: エネルギーの按配って、どこで決めればいいんですか?

佐藤: 身体を使わなくなると人はどうなるか、ということなんですよ。使わなくなった機能によって、人間の身体も変わっていくはずなんです。でも、そんなに早くは身体の仕組みが変わらないので、突然四足歩行に戻るということもあり得ない。
つまり、今の「便利」というのは、身体の進化がついていかないくらいのスピードで、早く進んでいるということです。

川島: 便利さの方が、先に行ってしまっているんですね。

佐藤: だから、身体を使う範囲で、便利なモノを考えていくのはどうかな、と。

川島: どういうことですか?

佐藤: 具体的に言うと、例えば「車の窓がボタン1つで開く必要があるのか」、ということ。昔は、ギアやベルトが付いていて、手で開けていたじゃないですか。電気を使わずに開閉できていたのに、何であれではいけないんだ、と。

川島: 下手するとドアもそうですよ。

佐藤: 走行しながら充電するという機能はあるにしても、ほとんどのモノにエネルギーを使っているわけですよ。例えば、ボタン1つで窓を開閉することにテクノロジーを使うんじゃなくて、手でもっと楽に開けることができるとか、電気を使わない解決方法もあると思うんです。

川島: それもデザインですね。

<<続く>>